パルスレーダーと FMCW レーダー
往復時間で測るパルス方式と、ビート周波数で測る FMCW 方式の測距原理を対比する。距離分解能はどちらも帯域幅で決まる
一文定義
パルス方式は電波パルスの往復時間から、FMCW 方式は周波数掃引した連続波と受信波の周波数差(ビート周波数)から距離を求める測距原理。IEEE Std 686-2017 の pulsed radar / FM-CW radar に当たる。
測り方の違い
パルスと FMCW はどちらも、電波が目標まで往復する遅延時間 を測っている。測っている物理量は同じで、違うのはその遅延時間をどう測るか である。
パルス方式は遅延時間を直接測る。 短い電波パルスを送った瞬間に時計を start し、反射波が戻った瞬間に stop する。得られた を で距離に直す。素直だが、 が非常に短く(1 km でわずか 6.67 μs)、高い距離精度には短いパルスと高速な時間計測が要る。
FMCW 方式は遅延時間を周波数の差に変換して測る。 送信周波数を時間とともに一定の傾きで上げ続けておくと、戻ってきた反射波は「少し前に送った、いまより低い周波数」を持つ。送信波と反射波を混合すると、その周波数差(ビート周波数)が現れる。往復に時間がかかった目標ほど周波数差が大きい——つまり 周波数差がそのまま距離を表す。
要点は、FMCW が「非常に短い時間を測る」という難しい計測を「周波数を測る」という易しい計測に置き換えている点にある。ビート周波数は低い周波数帯(車載で数十 kHz〜MHz 程度)に落ちるので、遅い A/D 変換器でサンプリングし、普通のプロセッサ上で FFT にかければ読める。パルス方式が要する GHz 級の高速タイミング回路に比べ、受信系が安く済む。送信も小電力の連続波でよい。
ビート周波数が距離になる理由
周波数を時間 かけて帯域 ぶん掃引するので、傾きは 。往復遅延 の間に送信周波数はこの傾きで進むため、ビート周波数は
これを について解くと となり、ビート周波数から距離が求まる。
具体例・使われ方
航空管制や気象レーダーはパルス方式、車載ミリ波レーダーや電波高度計は FMCW 方式が主流。パルスは高い尖頭電力で遠距離を、FMCW は小電力・低コストで近〜中距離を得意とする。
なぜ使い分けるのか
FMCW は受信系が安いなら、すべてこれでよいはずだと思うかもしれない。しかし遠距離では FMCW が不利になる。理由は 送信と受信を同時に行う ことにある。
強力な送信波が、微弱な反射波を受ける受信機に同時に漏れ込む(アイソレーションの問題)。遠距離ほど反射波は弱く(レーダー方程式のとおり で効く)、送信波の漏れとその位相雑音が弱いエコーを覆い隠してしまう。パルス方式は「撃つ→黙って聞く」を時間で分離するため、聞いている間は自分の送信に邪魔されず、桁違いのダイナミックレンジで遠くの微弱エコーを拾える。
加えてパルスは、素子が連続では耐えられない莫大な電力を一瞬だけ出せる(尖頭電力)。平均電力を抑えたまま遠くの目標へ大量のエネルギーを叩き込めるのに対し、送信しっぱなしの FMCW は連続定格に電力が縛られる。
つまり FFT が安いのは受信系のコストの話にすぎず、遠距離性能の問題は解決しない。遠距離・高性能はパルス、小型・低コストの近〜中距離は FMCW、という棲み分けになる。
混同されやすい概念との対比
| 観点 | パルス | FMCW |
|---|---|---|
| 距離の情報源 | 往復時間() | ビート周波数(、:掃引周期) |
| 遅延時間の測り方 | 直接(時間計測) | 周波数差に変換 |
| 送信電力 | 高い尖頭電力 | 低い連続電力 |
| 至近距離 | 不感帯あり | 測定できる |
| 主な用途 | 航空管制・気象 | 車載・電波高度計 |
距離分解能はどちらも (:帯域幅)。パルス幅の短縮=帯域拡大なので、方式の差は帯域の使い方であり分解能の優劣ではない。
II-1 答案例(600字)
レーダーの測距は、電波が目標まで往復する遅延時間 の計測に帰着する。両方式はこの遅延時間を測る点で共通するが、測り方が異なる。
パルス方式は短い電波パルスを送信し、反射波が戻るまでの時間を直接計測して で距離に換算する。高い距離精度には短パルスと広帯域を、遠距離には高い尖頭電力を要し、送信中は受信できないため至近距離に不感帯を生じる。
FMCW 方式は周波数を一定の傾きで掃引した連続波を送信する。反射波は往復遅延のぶん過去の周波数を持つので、送信波と混合すると遅延に比例したビート周波数 が低周波に現れ、 で距離を得る。難しい時間計測を易しい周波数計測に置き換えるため、遅い A/D 変換器と FFT で安価に構成でき、小電力の連続波で近距離まで測定できる。
ただし FMCW は送受を同時に行うため、強い送信波が受信機に漏れ込み、遠距離の微弱なエコーを覆い隠す。パルスは送受を時間で分離でき、高い尖頭電力と広いダイナミックレンジで遠距離に強い。距離分解能はいずれも帯域幅で と決まり方式によらない。用途に応じ、遠距離・高性能ならパルス、小型・低コストの近距離なら FMCW が選ばれる。
用語メモ
本文で使った用語の平易な説明。厳密さより、本文のイメージをつかむことを優先している。
- パルス — ごく短い時間だけ電波を出す「点滅」。光らせた瞬間からストップウォッチを回し、跳ね返りが戻るまでの時間を測るイメージ。
- 連続波(CW) — Continuous Wave の略。途切れずに出し続ける電波。点滅ではなく点けっぱなし。
- FMCW — Frequency Modulated Continuous Wave(周波数変調連続波)の略。周波数を変えながら(=掃引しながら)出し続ける電波を使う方式。
- 尖頭電力 — パルスを出している瞬間の電力の高さ。短い点滅で遠くまで届かせるには、瞬間的にとても強く光らせる必要がある。
- 周波数掃引(チャープ) — 電波の周波数を時間とともに滑らかに上げ(下げ)続けること。サイレンの音程がだんだん上がっていくイメージ。
- ビート周波数 — いま送っている波と、少し前に送って戻ってきた波を重ねたときに現れる周波数の差。往復に時間がかかるほど差が開くので、差の大きさがそのまま距離になる。2 つの音叉の「うなり」と同じ現象。
- 混合(ミキシング) — 2 つの周波数の波を掛け合わせて、その差の周波数を取り出す操作。FMCW はこれでビート周波数を作る。
- 不感帯 — 測れない距離の範囲。パルス方式では送信している間は受信できないため、ごく近くが見えない。
- 帯域幅 B — 使う周波数の幅。近接した 2 つの目標を見分ける能力(距離分解能 )はこの幅だけで決まり、方式によらない。パルスなら「幅 τ のパルスは空間で長さ cτ を占め、その半分より近い目標は反射が重なって分離できない」(、)と読める。FMCW なら「2 目標のビート周波数差を観測時間 T の FFT で見分ける」条件から同じ式が出る(T は消える)。「2」は往復(経路差が距離差の 2 倍)から来る。
- A/D 変換器(ADC) — 連続的に変化するアナログ信号(電圧)を、コンピュータが扱える飛び飛びの数値に変える回路。FMCW ではミキサから出るビート信号を数値に直し、FFT にかける。一定間隔で値を拾い(標本化)、その値を段階に丸める(量子化)。何段階=何ビットで表すかが細かさを決める。
- 標本化定理(サンプリング定理) — 信号を正しくデジタル化するには、含まれる最高周波数の 2 倍以上の速さで拾う必要があるという原則。FMCW のビート周波数は低いので低速な(=安い)A/D 変換器で足りる。パルス方式が GHz 級の高速サンプリングを要するのと対照的。
- FFT(高速フーリエ変換) — 信号に含まれる周波数成分を取り出す計算(部品ではなくアルゴリズム)。FMCW ではビート周波数を読むのに使う。信号が低い周波数なので、遅い A/D 変換器と普通のプロセッサで実行できる。
- ダイナミックレンジ — 同時に扱える最強信号と最弱信号の比。遠距離レーダーでは、近くの強い反射と遠くの微弱な反射を同時に受けるため広いダイナミックレンジが要る。
- アイソレーション — 送信側と受信側をどれだけ分離できているか。FMCW は送受同時なので、送信波の受信側への漏れ込みが性能を縛る。
- 電波高度計 — 航空機が地面までの高さを電波で測る装置。FMCW 方式の代表例。
出典
更新履歴
| 版 | 日付 | 変更内容 |
|---|---|---|
| 1.2 | 2026-08-01 | パルス/FMCW のタイミング図を追加 |
| 1.1 | 2026-07-29 | 解説本文と600字答案例の二層構造に再編。ビート周波数と往復時間の違いを追記 |
| 1.0 | 2026-07-26 | 初版(ドラフト) |