レーダー方程式

送信電力から受信電力 Pr = PtG²λ²σ/((4π)³R⁴) を段階的に導出し、最大探知距離が送信電力の 1/4 乗でしか伸びないことを示す

区分導出
版1.1
作成
更新
規格IEEE Std 686-2017(IEEE Standard for Radar Definitions)

何が求まるか

モノスタティックレーダー(送受同一アンテナ)で、送信電力 PtP_t・アンテナ利得 GG・波長 λ\lambda・目標のレーダー断面積 σ\sigma から、距離 RR における受信電力 PrP_r が求まる。 受信機の最小検出電力 Smin⁡S_{\min} を与えれば最大探知距離 Rmax⁡R_{\max} も求まる。 前提は点目標・自由空間・無損失。レーダーの性能設計・性能限界の議論はすべてこの式から出発する。

結論式

Pr=Pt G2 λ2 σ(4π)3R4P_r = \frac{P_t\, G^2\, \lambda^2\, \sigma}{(4\pi)^3 R^4} Rmax⁡=[Pt G2 λ2 σ(4π)3Smin⁡]1/4R_{\max} = \left[ \frac{P_t\, G^2\, \lambda^2\, \sigma}{(4\pi)^3 S_{\min}} \right]^{1/4}

適用範囲と前提

  • モノスタティック(送受同一アンテナ)。 G2G^2 はこの仮定から来る。送受を分けるバイスタティック配置では GtGrG_t G_r、距離依存は Rt2Rr2R_t^2 R_r^2 になる。
  • 点目標。 目標がビーム幅・分解能セルに収まる場合。雨や地面クラッタのような分布目標では体積・面積で積分した別形式になり、R4R^4 依存にならない。
  • 自由空間。 マルチパス・大気減衰・回折を含まない。システム損失 LL も無視している(実用形は分母に LL が入る)。
  • 遠方界。 RR がアンテナの遠方界距離 2D2/λ2D^2/\lambda(DD: 開口径)より十分大きいこと。
  • 偏波整合・インピーダンス整合。 受信偏波が散乱波と一致し、受信機が整合負荷であること。

計算機

入力待ち(Pt・G・λ・σ の 4 つは必須。R と Smin は求めたい方だけでよい)。

前提: モノスタティック・点目標・自由空間・無損失。本文「適用範囲と前提」を参照。

導出

往路の拡散 → 目標での再放射 → 復路の拡散 → 開口での受信、の 4 段階に分ける。

(1) 往路: 目標位置での電力密度。 等方放射なら電力 PtP_t は半径 RR の球面 4πR24\pi R^2 に一様に広がる。利得 GG のアンテナはこれをビーム方向に GG 倍集中させるので、目標位置での電力密度は

S1=PtG4πR2[W/m2]S_1 = \frac{P_t G}{4\pi R^2} \quad [\mathrm{W/m^2}]

(2) 目標での再放射。 レーダー断面積 σ\sigma [m²] は「入射電力密度 S1S_1 を面積 σ\sigma で捕捉し、等方に再放射すると見なしたときの等価面積」として定義される。目標がレーダー方向へ返す電力は σS1\sigma S_1 である。

(3) 復路: レーダー位置での電力密度。 再放射は等方とみなすので、再び球面拡散が掛かり

S2=σS14πR2=PtGσ(4π)2R4S_2 = \frac{\sigma S_1}{4\pi R^2} = \frac{P_t G \sigma}{(4\pi)^2 R^4}

R4R^4 はここで確定する。往路と復路でそれぞれ 1/R21/R^2 の球面拡散を受けるためである。

レーダー目標 σ往路 1/R²復路 1/R²距離 R往路 1/R² × 復路 1/R² → 受信電力は R⁴ に反比例
図: 往路と復路でそれぞれ球面拡散 1/R² がかかる。片道リンクの 1/R² と違い、レーダーは往復で R⁴ になる。

(4) 開口での受信。 受信アンテナは実効開口面積 AeA_e で電力密度を受け取る。利得と実効開口には Ae=Gλ2/4πA_e = G\lambda^2 / 4\pi の関係があるから(前提ノート参照)、

Pr=S2Ae=PtGσ(4π)2R4⋅Gλ24π=PtG2λ2σ(4π)3R4P_r = S_2 A_e = \frac{P_t G \sigma}{(4\pi)^2 R^4} \cdot \frac{G \lambda^2}{4\pi} = \frac{P_t G^2 \lambda^2 \sigma}{(4\pi)^3 R^4}

最大探知距離。 受信機が検出できる最小電力を Smin⁡S_{\min} とし、Pr=Smin⁡P_r = S_{\min} とおいて RR について解くと

Rmax⁡=[PtG2λ2σ(4π)3Smin⁡]1/4R_{\max} = \left[ \frac{P_t G^2 \lambda^2 \sigma}{(4\pi)^3 S_{\min}} \right]^{1/4}

指数が 1/41/4 であることが実務上の要点になる。Rmax⁡R_{\max} は送信電力の 4 乗根でしか伸びない。 探知距離を 2 倍にするには送信電力(あるいは G2σG^2\sigma 等の積)を 16 倍にする必要があり、 送信電力を 4 倍にしても距離は 2≈1.4\sqrt{2} \approx 1.4 倍にしかならない。

数値例

教科書の丸い数字で計算する。Pt=1 kWP_t = 1\ \mathrm{kW}、G=30 dBG = 30\ \mathrm{dB}(真数 1000)、λ=0.03 m\lambda = 0.03\ \mathrm{m}(約 10 GHz)、σ=1 m2\sigma = 1\ \mathrm{m^2}、R=1 kmR = 1\ \mathrm{km}。

分子:

PtG2λ2σ=103×106×9×10−4×1=9×105P_t G^2 \lambda^2 \sigma = 10^3 \times 10^6 \times 9 \times 10^{-4} \times 1 = 9 \times 10^5

分母: (4π)3≈1984(4\pi)^3 \approx 1984、R4=1012 m4R^4 = 10^{12}\ \mathrm{m^4} なので

Pr=9×1051984×1012≈4.5×10−10 W≈−63 dBmP_r = \frac{9 \times 10^5}{1984 \times 10^{12}} \approx 4.5 \times 10^{-10}\ \mathrm{W} \approx -63\ \mathrm{dBm}

1 kW 送信しても 1 km 先の 1 m² 目標からは 0.45 nW しか返らない。この 13 桁の落差が、レーダー受信機に高感度と大ダイナミックレンジが要求される理由である。

次に Smin⁡=−100 dBm=10−13 WS_{\min} = -100\ \mathrm{dBm} = 10^{-13}\ \mathrm{W} とすると

Rmax⁡4=9×1051984×10−13≈4.5×1015 m4⇒Rmax⁡≈8.2 kmR_{\max}^4 = \frac{9 \times 10^5}{1984 \times 10^{-13}} \approx 4.5 \times 10^{15}\ \mathrm{m^4} \quad\Rightarrow\quad R_{\max} \approx 8.2\ \mathrm{km}

送信電力を 4 倍の 4 kW にしても Rmax⁡≈11.6 kmR_{\max} \approx 11.6\ \mathrm{km}(1.4 倍)にしかならない。

ありがちな誤り

  1. R2R^2 と取り違える。 片道リンク(フリスの伝達公式・自由空間伝搬損失)は 1/R21/R^2。レーダーは往復それぞれで球面拡散を受け、しかも目標で一度再放射するため 1/R41/R^4 になる。導出の (1) と (3) で 1/R21/R^2 が 2 回掛かることを押さえる。
  2. バイスタティックにそのまま G2G^2 を使う。 G2G^2 は送受同一アンテナの帰結。送受分離では GtGrG_t G_r、距離依存は Rt2Rr2R_t^2 R_r^2。
  3. λ2\lambda^2 を「伝搬の性質」と誤解する。 λ2\lambda^2 は受信実効開口 Ae=Gλ2/4πA_e = G\lambda^2/4\pi 由来。GG 一定で比べれば Pr∝λ2P_r \propto \lambda^2 だが、開口面積一定で比べれば G∝1/λ2G \propto 1/\lambda^2 なので Pr∝1/λ2P_r \propto 1/\lambda^2 と逆転する。何を固定した比較かを言わずに「波長が長いほど有利」とは言えない。
  4. 送信電力と探知距離を線形に結びつける。 Rmax⁡∝Pt1/4R_{\max} \propto P_t^{1/4}。電力 4 倍で距離 1.4 倍、距離 2 倍には電力 16 倍。送信電力の増強は探知距離改善の手段として効率が悪く、GG(開口)や Smin⁡S_{\min}(信号処理利得)の改善が効く理由でもある。
  5. σ\sigma を幾何学的断面積と混同する。 RCS は散乱の等価面積であり、形状・材質・周波数・姿勢角に依存する。幾何学的な投影面積と桁で異なることも珍しくない(コーナーリフレクタは幾何面積よりはるかに大きく、ステルス形状は小さい)。

用語メモ

本文で使った用語の平易な説明。厳密さより、本文のイメージをつかむことを優先している。

  • 送信電力 PtP_t — レーダーが電波として送り出す力の強さ。懐中電灯でいえば光の明るさにあたる。パルスレーダーは電波を短く区切って出すので、「出している瞬間の強さ(尖頭電力)」と「休み時間も含めた平均(平均電力)」の 2 つの言い方があり、このノートでは瞬間の強さの方を使っている。
  • 受信電力 PrP_r — 目標に当たって跳ね返ってきた電波のうち、アンテナで拾えた分。送った電力に比べて桁違いに小さい。目標が「見える」かどうかは、この電力が受信機の中で自然に発生する雑音より十分大きいかで決まる。
  • dBm — 電力の大きさを「1 mW の何倍か」を桁数で表した値。0 dBm が 1 mW で、10 増えるごとに 10 倍、10 減るごとに 1/10 になる(60 dBm = 1 kW、−60 dBm = 1 mW の 100 万分の 1)。dB との違い: dB は「1000 倍になった」「100 万分の 1 に減った」という倍率(変化)を表し、それだけでは実際の電力が分からない。dBm は基準が 1 mW に固定されているので実際の電力そのものを表す。温度でいえば「3 ℃上がった」が dB、「いま 25 ℃だ」が dBm。倍率は絶対値に足し引きできるので、60 dBm(1 kW)で送って途中で 123 dB 減れば −63 dBm で届く、という足し算だけで計算が済む。
  • モノスタティック — 電波を出す場所と受け取る場所が同じ配置。自分の懐中電灯で照らして、跳ね返った光を自分の目で見るイメージ。実例は船舶レーダー、空港の監視レーダー、自動ブレーキ用の車載レーダーなど。身の回りのレーダーはほぼすべてこの方式。
  • バイスタティック — 電波を出す場所と受け取る場所が離れている配置。照らす人と見る人が別の場所にいるイメージ。実例は、発射した戦闘機が目標を照らしミサイル側が反射波を受け取る「セミアクティブ誘導」や、テレビ・FM 放送の電波を照明代わりに使い受信だけで航空機を見つけるパッシブレーダーなど。見る角度が変わると跳ね返り方も変わるので、式も目標の見え方も変わる。
  • レーダー断面積(RCS)σ\sigma — 目標が電波をどれだけ強く跳ね返すかを「面積」に換算した値。大きいほど見つけやすい。実際の大きさとは別物で、形・材質・電波の周波数・向きによって大きく変わる(金属の角は小さくても強く返し、ステルス機は大きくても弱くしか返さない)。
  • アンテナ利得 GG — アンテナが電波をどれだけ一方向に絞れるかの倍率。全方向に均等に光る裸電球を基準(1 倍)として、懐中電灯のように絞るほど利得が大きい。絞った先(ビーム中心)では 1 倍を超えるが、その分ほかの方向は 1 倍未満になる。全体のエネルギーが増えるわけではなく、配り方を偏らせているだけ。レーダー方程式の GG はビーム中心の値。
  • 偏波整合 — 電波は波の振れる向き(縦・横など)を持っており、受信アンテナの向きがそれと合っている状態のこと。偏光サングラスが向きの違う光をカットするのと同じで、向きが直角にずれると電波を受け取れなくなる。
  • インピーダンス整合 — アンテナと受信機の電気的な「つなぎ目の相性」が合っていて、拾った電力が反射して戻らずに全部受信機へ流れる状態。ホースの径が途中で急に変わると水が跳ね返って流量が落ちるイメージ。
  • 遠方界 — アンテナから十分離れて、電波が形の整った波として届く領域。近すぎるとアンテナの各部分から出た波が混ざり合い、距離ごとに様子が変わってしまうので、単純な式が使えない。レーダー方程式は十分離れた領域向けの式。
  • 放射 — アンテナが電気信号を電波として空間へ放つこと。全方向に均等に放つ「等方放射」は現実には作れない理想形で、アンテナの絞り具合(利得)を測るものさしとして使う。

出典

更新履歴

版日付変更内容
1.12026-08-01往復拡散(R⁴)の図を追加
1.02026-07-26初版

関連ノート

前提

  • アンテナ利得と実効開口(未執筆)